【宿泊施設】島根県(海士町)「Entô(エントウ)」

島根県隠岐郡海士町(あまちょう)に誕生した本格的ジオホテル「Entô(エントウ)」 。

国内の大型ホテルとしては初となる全面CLT(Cross Laminated Timber:直交集成板)工法を採用した本プロジェクトは 、離島という極限の制約条件下において、木造化特有の技術的ハードルを乗り越え、類まれなる建築的・事業的価値を創出したのかを示す事例です。

事業背景と地域コンセプト:「ないものはない」の具現化

事業背景と地域コンセプト:「ないものはない」の具現化

施設概要とプロジェクトの背景

・「Entô」(エントウ)は、ユネスコ世界ジオパークに登録されている隠岐島・海士町(あまちょう)に計画されたホテルです。

・木造(CLTパネル構法)および一部RC造の、地上2階・地下1階建ての施設です。

・島全体をホテルと見なす「島を繁盛させる”海士町観光基本計画”」の実行として位置づけられ、島の産業復興や関係人口の増加を図る地方活性化の象徴とされています。

「Entô(エントウ)」の名称とコンセプト

・名称は、日本海にポツンと浮かぶ情景を思い浮かべて決められています。

・360°自然に囲まれた環境の中で、保護された都市生活とは異なる「飾らない自然との応答」に耳を澄まし、自身の存在を確かめられるような直截(ちょくせつ)なホテルを目指しています。

空間デザインと宿泊体験の特徴

・島の独特な自然景観を活かすため、都市部のホテルでよく見られる「狭く/深く」の空間を反転させた「広く/浅く」の設計を採用し、長い間口側を全て開口部にしています。

・外廊下形式でレセプションを介さずに外部と直接出入りできるため、コテージや民泊のように「島民の日常」を身近に感じられる造りになっています。

・「ホテル滞在」ではなく「島滞在」というような感覚で、他所では得難い体験ができます。

離島での建設を可能にした「リモート構法」

・ホテルを実現できるほどの建設産業が島内に存在しないため、現場での作業を最小化する新しいプレファブ的なシステムが求められました。

・構造・界壁・断熱・仕上げを兼ねる大判のCLT材を、本土のコンピュータ連動加工機によって3Dモデル通りに細密にプレカットし、島では「プラモデルのように組み立てるだけ」のシステムを採用しています。

・福井のCLT加工場、海士町の現場、東京の構造事務所をネットでつなぎ、データで工程管理を行う実質的な「リモート構法」により、離島という地理的制約をキャンセルし、COVID-19による移動制限下でも工事への影響を最小限に抑えています。

ジオパークの理念との共鳴・サステナビリティ

・省工程や省移動によるLCCO2(ライフサイクルCO2)の削減や、マスティンバーによるカーボンストレージ(炭素貯蔵)効果が、ジオパークの思想と共鳴しています。

・この新しいプレファブシステムは地元の大工や木工系職種の参画も可能にするため、地元の生業の保全に貢献し、将来のメンテナンスも可能にしています。

建築計画と空間デザイン:風景への没入を促すミニマリズム

建築計画と空間デザイン:風景への没入を促すミニマリズム

パノラマを切り取る「細長い平面」と「大開口」

・建築の自己主張を抑え、自然景観を主役とするため、建物の平面形状は海岸線に沿って細長く配置されています 。

・この配置計画により、すべての客室が海側に面することになります。

・特筆すべきは、海側(長手方向)の立面構成です。

・客室の海側は、構造的な壁や柱による視覚的な遮りを極限まで排除し、床から天井に至るまでの全面を大開口(FIX窓)としています 。

・大胆な断面設計により、客室に足を踏み入れた瞬間に、カルデラ湾の絶景がパノラマとなって眼前に広がります。

・特別な機械や装置に頼ることなく、自らを島の風土にフィットさせるというミニマムな空間構成が、圧倒的な没入感を生み出しています 。

プリミティブな素材としての「木」の選択

・Entôは「『ないものはない』島の未来を示唆するプリミティブ(根源的)な建築」と称賛されています。

・菱浦港に近づくフェリーの船上から見るEntôの佇まいは、無垢の木の肌合いと、ガラス面に周囲の緑や海が映り込む透明感が絶妙な調和を見せています 。

・人工的な建材(金属パネルや塗装されたコンクリート)ではなく、自然の造形物である「木」を全面に押し出したことは、ジオパークというコンテクストに合致させるための必然である印象です。

・ジオパークの風景そのものを体感できる空間を実現するために、木材の持つ温かみ、香り、そして時の経過とともに変化する経年美化の性質が、「隠岐らしさ」を演出する最重要のエレメントとして機能しています。

自然と呼吸するパッシブデザイン

・建物の短辺方向(海から陸側へ)に向かって外気が吹き抜ける専用テラス付きの客室も用意されています。

・単に視覚的に自然と繋がるだけでなく、島の海風を室内に取り込み、自然通風による心地よさ(パッシブな温熱環境制御)を獲得するための意図的な設計でもあります。

技術的挑戦:全面CLT工法による非住宅木造のブレイクスルー

「Entô」が建築業界においてエポックメイキングな存在となった最大の理由は、大型ホテルとして国内初となる「全面CLT工法」を採用した点にあります。

非住宅の木造化において実務者が直面する数々の不安や壁を、このプロジェクトはいかにして突破したのか。

その技術的・工学的な解答を詳細に分析します。

離島の制約を逆手に取った「合理化システムとしてのCLT」

・一般に、CLT(直交集成板)の採用理由としては、その意匠性や、CO2の固定化による環境貢献が語られることが多いです。

・本プロジェクトにおいてCLTが採用された最も切実かつ実践的な理由は、「離島という特殊環境下における施工の省力化と労務負荷の低減」にあります。

・海士町のような離島において、大規模なRC造やS造の建築を行う場合、本土からの膨大な資材(鉄筋、セメント、鉄骨など)の海上輸送コストに加え、島内で大型重機を確保し、多数の型枠大工や鉄筋工などの熟練工を長期間滞在させるためのコストと労務管理が致命的なハードルとなります。

・設計プロポーザルにおいて、町側が最重要課題の一つとして「労務負荷低減」を設定していたことからも、その深刻さが伺えます。

・設計者は、この課題に対して「CLTのプレファブリケーション(工場生産化)」という強力な回答を提示しました。

・CLTは、工場でミリ単位の高精度でパネル状にプレカットされ、現場に搬入されます。現場での工程は、パネルをクレーンで吊り上げ、金物で「組み立てる」作業が主となります。これにより、現場での作業日数(工期)が劇的に圧縮され、特殊な熟練工への依存度を大幅に下げることができます。

・CLTパネルはそれ自体が強固な構造材(耐力壁や床)として機能すると同時に、表面をそのまま仕上げ材として見せる(現しにする)ことができるため、後工程の造作工事や内装仕上げ工事までも削減可能です。

・CLTは単なる「新しい木質材料」ではなく、複雑な現場施工を工場生産へとシフトさせる「極めて合理的な事業推進システム」なのです。

防耐火規制の克服:「燃えしろ設計」による木肌の現し

・ホテルという不特定多数の利用者が宿泊する特殊建築物において、木造を選択した場合、最大の法的障壁となるのが建築基準法に基づく防耐火要件です。

・通常、一定規模以上の木造建築物では、構造材である木材を石膏ボードなどの不燃材料で被覆(メンブレン保護)しなければならず、結果として「木造なのに木が見えない」という事態に陥りやすいです。

・これは、木の質感を空間の価値とする本プロジェクトのコンセプトと真っ向から衝突します。このジレンマを解消するために採用されたのが「燃えしろ設計」です 。

・「燃えしろ設計」とは、火災時に木材が表面から一定の速度(一般に1分間に約0.6mm〜0.8mm程度)で炭化し、その炭化層が断熱材となって内部への熱の侵入を防ぎ、構造耐力を維持する木材特有の性質(自己消火性)を利用した設計手法です。

・構造計算上必要となるCLTや集成材の部材断面(有効断面)に対し、火災時に燃え尽きる厚み(燃えしろ寸法、例えば45分準耐火であれば約35mm〜45mm程度)をあらかじめ余分に見込んでおくことで、被覆材なしで法的な防耐火性能をクリアすることができます。

・この高度な構造的アプローチにより、Entôは全面CLTの圧倒的な木の質量と温もりを、客室や共用部においてダイレクトに表現することに成功しています。

音環境の制御:ホテル木造化における最大の鬼門への解答

・非住宅領域において、木造化が最も敬遠される用途はホテル(宿泊施設)と共同住宅です。

・その理由は極めて明確で、「遮音性能(特に重量床衝撃音)」の確保が困難だからです。

・RC造と比較して圧倒的に質量が軽い木造は、上階での足音や荷物の落下音といった衝撃が下階へ伝播しやすく、隣室間の空気音の遮断性能も低いです。

・顧客が多くのお金を支払うラグジュアリーホテルにおいて、他室からの騒音は致命的なクレームとブランド価値の毀損に直結します。

・Entôでは、この木造の弱点を克服するため、純木造に固執することなく、異素材を組み合わせた「ハイブリッドな床アセンブリ(層構成)」を採用しています 。

・上下階間の床は、単なるCLTパネルの敷き込みではなく、遮音対策を施した多重な構造となっています。

・木造だからすべて木で造らなければならない」という思い込み(知識のギャップ)を捨て、要求性能を満たすために他工法・他材料を積極的に統合する柔軟な思考が求められます。

CLTサプライチェーンの重要性:木構造メーカーが果たす役割

CLTサプライチェーンの重要性:木構造メーカーが果たす役割

・高品質な非住宅木造建築を実現するためには、材料の安定的な供給網(サプライチェーン)の構築が不可欠です。

・本プロジェクトのような前例のない大型CLT建築においては、設計者が描く複雑な納まりや、燃えしろを含んだ特殊な断面寸法のCLTパネルを、工期に合わせて狂いなく製造し、離島への海上輸送のスケジュールに同調させて出荷する高度な生産管理能力が求められます。

・設計者、施工者、そして木材メーカー(ファブリケーター)の三位一体の連携が、実務上のリスクを極小化するための鍵となります。

プロジェクトマネジメントと施工体制:不確実性を統制する力

設計の完成度がいかに高くとも、それを実際の建築物として具現化するプロセスには無数の不確実性が潜んでいます。

特に「離島」×「大型木造」×「新工法(全面CLT)」という条件が掛け合わされた本プロジェクトは、従来型の発注・施工の枠組みだけでは座礁するリスクが高かったと思われます。

ロジェクトマネジメント(PM)の重要性

非住宅木造プロジェクトにおいては、ステークホルダーが多岐にわたります。

発注者である海士町(予算管理と地域合意)、運営者である株式会社海士(ホテルとしての機能要求と収益性)、設計者(意匠と構造の実現)、そして施工者やCLTメーカーです。

PMの最大の役割は、これら関係者間の「言語の壁(知識のギャップ)」を埋め、共通のゴールに向けてプロジェクトを前進させることにあります。

例えば、木材特有の収縮・変形に対する許容範囲の合意、海上輸送のリスク(天候によるフェリーの欠航等)を見越した工期の設定、予算の上振れを防ぐためのバリューエンジニアリング(VE)の実施など、PMが客観的かつ専門的な視点からリスクを可視化し、意思決定のプラットフォームを提供したことが、プロジェクト成功の決定的な要因と考えられます。

前田建設工業・鴻池組による高度な施工管理

現場での施工は、前田建設工業株式会社と株式会社鴻池組(特定建設工事共同企業体)が担当 。

両社が有する大規模建築の施工ノウハウが、全面CLT工法という新しい領域においても遺憾なく発揮された。

施工上の主な課題推測される対応と技術力
ロジスティクス管理本土でプレカットされた巨大なCLTパネルや集成材を、フェリーの積載制限や運行スケジュールに合わせて滞りなく搬入する精密な資材調達計画の立案。
ハイブリッド構造の精度管理一部に採用された鉄筋コンクリート造(基礎や地下階など)と 、ミリ単位の精度を持つCLT(木造)との接合部における、異種構造間のシビアな寸法調整と施工精度の確保。
養生と耐候性確保海風が吹き付ける海岸沿いの環境下において、木工事期間中の雨濡れや塩害からCLT材を保護するための徹底した仮設・養生計画。

新しい工法に対するゼネコンの技術的探求と、それを離島でやり遂げる現場の実行力は、業界全体に対して「大型木造建築は十分に施工可能である」という強力なメッセージを発信しているます。

実務者へのインサイト:ブルーオーシャンを航海するための3つの視座

実務者へのインサイト:ブルーオーシャンを航海するための3つの視座

海士町の「Entô」プロジェクトの分析を通じて、非住宅木造市場への参入を検討する建築実務者が持つべき、本質的なインサイト(示唆)を以下の3点に集約します。

インサイト1:木造化は「制約」ではなく「事業戦略のコア」である

多くの実務者は、発注者からの「脱炭素のために木造にしてほしい」という要求に対し、コストアップや工期遅延の要因(ネガティブな制約)として向かいがちです。

しかし、Entôの事例が証明しているのは、木造化(CLTの採用)が事業の付加価値を飛躍的に高め、経済的なリターンを生み出す最強の武器になるという事実です。

隠岐のジオパークという自然環境に対して、鉄骨造やRC造で無機質なホテルを建てていれば、最高25万円を超える宿泊単価 を設定し、顧客に納得させることは不可能であったと思われます。

「プリミティブな木質空間」という建築の質がダイレクトにホテルのブランド価値(ADR:客室平均単価の向上)に直結し、結果として海士町への「外貨」の獲得と地域内経済循環という当初の目的を達成しています。

建築実務者は、施主に対して「木造化=環境対応コスト」という矮小化された説明ではなく、「木造化=事業価値の最大化投資」という経営的な視点からの提案を行うべきです。

インサイト2:「工学的な割り切り」が不安を解消する

木造のプロではない実務者が抱く不安の多くは、「木造という素材の限界」を過大評価していることに起因します。

Entôのプロジェクトは、木造の弱点を隠すのではなく、他素材とのハイブリッドによって合理的に解決する「工学的な割り切り」の実例です。

遮音性が足りなければモルタルを打ち 、防耐火規制が厳しければ燃えしろを見込んで炭化させ 、現場の職人が足りなければ工場でCLTパネルにして持ち込む 。

これらは決して魔法ではなく、既存の建築技術と物理法則の論理的な組み合わせに過ぎません。

この「課題解決のためのハイブリッド化」のノウハウを体系的に学ぶことさえできれば、RC造やS造で培ってきたプロジェクトマネジメント能力や空間設計能力を持つ建築実務者は、直ちに木造領域においても一流のパフォーマンスを発揮できます。

インサイト3:ローカルの課題解決がグローバルな価値へと接続する

海士町が直面した「離島における労務不足」という極めてローカル(局地的)な課題が、CLTによるプレファブ化という解決策を導き出し 、結果としてそれが「国産材の大量利用による炭素固定化」や「世界ジオパークと共生するサステナブル建築」というグローバルな環境価値へと完全に合致している点は、非常に示唆に富んでいます 。

BCS賞の講評にある「明日の地球を支える世代に『共感』を誘い込むデザイン」という言葉が示す通り 、経済合理性を追求したローカルな建築的解答が、結果的に地球規模の社会課題(脱炭素)に対する最適解となり得ます。

これからの非住宅木造は、このような「経済性と環境性の幸福な一致」をデザインするプロセスそのものなのです。

「Entô(エントウ)」ギャラリー

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ハウス・ベース株式会社の木造化・木質化支援

非住宅用途の建築物で、木造化・木質化の更なる普及が期待されています。

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◾️活動の主旨:木に不慣れな人・会社を、木が得意な人・会社が支援する仕組みの構築

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◾️広報支援:コンテンツマーケティング、WEBサイト制作、コンテンツ制作等

◾️設計支援 :設計者紹介、計画・設計サポート、設計・申請補助等

◾️実務支援 :木構造支援、施工者紹介、講師等

木造化・木質化で専門家の知見が必要な場合は、ぜひハウス・ベース株式会社までお気軽にお問合せください。

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著者

一級建築士。群馬県出身。芝浦工業大学卒業後、設計事務所・工務店・木構造材メーカー勤務を経て、2015年にハウス・ベース株式会社を起業。事業内容:住宅・建築関連の業務支援。特に非住宅用途の木造化・木質化支援(広報支援・設計支援・実務支援)に注力。木造非住宅オウンドメディア「モクプロ」を運営。