
非住宅建築の木造化をクライアントに提案する際、デザイン性やサステナビリティ、コストといった側面だけでなく、「税務上のメリット」という強力なカードをお持ちでしょうか。
特に事業用建物を検討している施主にとって、初期投資の回収や事業全体のキャッシュフローは最重要関心事です。
ここで鍵となるのが「減価償却」の仕組み、とりわけ木造建築が持つ税務上の優位性です。
「木造は鉄骨やRCに比べて寿命が短いのでは?」というイメージは根強いかもしれません。
しかし、税法上の「法定耐用年数」という観点では、その短さが逆に大きなメリットを生み出します。
木造の法定耐用年数は22年。(建築用途が「店舗用・住宅用のもの」の場合)
これはRC造の47年、重量鉄骨造の34年と比べて大幅に短く、より多くの金額を短期間で経費として計上できることを意味します 。
法定耐用年数は建築用途により異なります。
<参考資料:主な減価償却資産の耐用年数表(国税庁)>
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/pdf/2100_01.pdf
この「減価償却」という会計処理は、実際の現金の支出を伴わずに経費を創出できるため、事業の利益を圧縮し、結果として法人税や所得税の負担を軽減する効果があります 。
この記事では、建築実務者の皆様が施主への提案力を一層高めるための「ナレッジ」として、木造建築の減価償却がもたらす節税効果を、具体的なシミュレーションを交えながら分かりやすく解説します。
なぜ木造が税務上有利なのか、その仕組みを深く理解し、クライアントの事業成功に貢献する付加価値の高い提案を実現しましょう。
そもそも減価償却とは?「支出なき経費」が節税になる仕組み

「減価償却」と聞くと、少し難しい会計用語に聞こえるかもしれません。
しかし、その本質は非常にシンプルで、事業用建物の建築・購入費用を、一度にではなく、法律で定められた使用可能な期間(法定耐用年数)にわたって分割して経費計上していく会計上の手続きです 。
なぜこのような処理が必要なのでしょうか。
それは、事業の損益を正確に把握するためです 。
もし建築費を建てた年に一括で経費計上してしまうと、その年だけが巨額の赤字となり、翌年からはコストゼロで利益が出ているかのような歪んだ財務状況になってしまいます。
減価償却は、費用の効果が及ぶ期間に合わせて費用を配分することで、より実態に即した経営成績を示すための重要なルールなのです。
そしてこのルールが、強力な節税効果を生み出す源泉となります。
減価償却の基本:資産価値の減少を費用として計上する
減価償却の基本的な考え方は、「時の経過とともに資産の価値は減少していく」というものです。
例えば、事業のために購入した建物や設備は、使用することで消耗し、技術の進歩によって陳腐化していきます。
こうした価値の減少分を、会計ルールに従って計画的に費用として認識していくのが減価償却です 。
重要なポイントは、減価償却費が「現金の支出を伴わない経費」である点です 。
建物を建築または購入した時点で大きな現金支出は発生していますが、その後、減価償却費を計上する各年度においては、帳簿上で費用が増えるだけで、実際に財布からお金が出ていくわけではありません 。
例えば、建物を建てた場合、その建設費を法定耐用年数に応じて毎年少しずつ「減価償却費」という名前の経費として計上していきます。
この処理により、帳簿上の利益は減少します。
法人税や所得税は、この帳簿上の利益(課税所得)に対して課税されるため、減価償却費を計上することで課税対象となる利益が圧縮され、結果的に納税額を抑えることができるのです 。
このように、減価償却は単なる会計処理にとどまらず、手元の現金を減らすことなく税負担を軽減し、事業のキャッシュフローを改善するための極めて有効な財務戦略と言えます。
なぜ節税に繋がるのか?損益通算で課税所得を圧縮
減価償却が節税に直結するもう一つの重要な仕組みが「損益通算」です 。
これは、ある事業で生じた赤字を、他の事業で得た黒字と相殺できる制度です。
事業用の賃貸物件などを建築した場合、そこから得られる所得は「不動産所得」に分類されます。
不動産所得は、家賃収入から管理費や固定資産税、ローン金利といった必要経費を差し引いて計算されますが、この経費の中に「減価償却費」も含めることができます。
木造建築のように、年間の減価償却費を大きく計上できる構造の場合、実際の現金収支は黒字であっても、帳簿上の不動産所得が赤字になるケースは珍しくありません。
この不動産所得の赤字を、本業の事業所得や給与所得といった他の黒字の所得と合算(損益通算)することで、全体の課税所得を大きく圧縮できるのです 。
法定耐用年数とは?建物の物理的な寿命との違い
減価償却費を計算する上で最も重要な基準となるのが「法定耐用年数」です。
これは、税法によって資産の種類や構造、用途ごとに定められた、減価償却計算上の使用可能期間を指します 。
ここで絶対に誤解してはならないのは、「法定耐用年数」と「建物の物理的な寿命」は全くの別物であるという点です 。
例えば、住宅用木造建築の法定耐用年数は22年と定められています 。
しかし、これは22年で建物が使えなくなるという意味ではありません。
適切な設計、施工、そしてメンテナンスを行えば、現代の木造建築は50年、あるいはそれ以上、問題なく使用し続けることが可能です 。
法定耐用年数は、あくまで税金を計算するための「ものさし」に過ぎません。
国が「この構造の建物なら、この年数で価値を償却して費用計上して良いですよ」と定めたルールなのです。
このルールの観点から見ると、法定耐用年数が短いということは、建築にかかった費用をより短期間で回収(経費化)できることを意味します。
つまり、年間に計上できる減価償却費が大きくなり、短期的な節税効果が高まるということです。
この税法上の特性こそが、木造建築の大きなアドバンテージの源泉となっています。
なぜ木造が有利?建物構造で変わる法定耐用年数と償却率

建物の減価償却を考える上で、構造選びは節税効果を左右する決定的な要素となります。
施主が建物を事業用資産として捉える場合、初期のキャッシュフローを最大化することは極めて重要です。
その鍵を握るのが、各構造に定められた法定耐用年数の違いです。
木造、鉄骨造(S造)、鉄筋コンクリート造(RC造)では、この年数が大きく異なり、それが年間の経費計上額、ひいては納税額に直接影響を与えます 。
ここでは、なぜ税務戦略上、木造が有利な選択肢となり得るのかを、具体的な数値と共に比較・解説していきます。
この知識は、施主に対して構造選定の新たな判断基準を提示する上で、強力な裏付けとなるはずです。
木造・S造・RC造の法定耐用年数を徹底比較
事業用建物の主な構造別に、国税庁が定める法定耐用年数を見てみましょう。
<参考資料:主な減価償却資産の耐用年数表(国税庁)>
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/pdf/2100_01.pdf
ここでは代表的な「事務所用」の建物を例に比較します 。
- 木造: 24年
- 鉄骨造(S造): 骨格材の肉厚によって異なります。
- 4mm超(重量鉄骨造): 38年
- 3mm超4mm以下(軽量鉄骨造): 30年
- 3mm以下: 22年
- 鉄筋コンクリート造(RC造): 50年
この比較から、木造建築の法定耐用年数が他の主要な構造に比べて著しく短いことが一目瞭然です。
一般的に堅牢なイメージのあるRC造は50年と非常に長く、重量鉄骨造も38年です。
物理的な耐久性や資産価値の維持という観点では、これらの構造にメリットがあると感じるかもしれません。
しかし、「短期的な節税」という視点で見ると、この序列は完全に逆転します 。
法定耐用年数が短いということは、それだけ早く、そして大きく減価償却費を計上できることを意味します。
建築費用という大きな投資を、よりスピーディーに経費として認識し、課税所得を圧縮できるのです。
この税法上の特性が、事業初期の資金繰りを楽にし、投資回収期間を短縮させる効果をもたらします。
非住宅における用途別の耐用年数(事務所・店舗など)
法定耐用年数は、建物の構造だけでなく「用途」によっても細かく定められています。
非住宅建築を提案する際には、クライアントの事業内容に合わせた正確な耐用年数を把握しておくことが不可欠です。
同じ木造建築であっても、用途によって以下のように法定耐用年数が異なります 。
- 事務所用: 24年
- 店舗用・住宅用: 22年
- 飲食店用: 20年
- 旅館・ホテル用: 17年
- 工場・倉庫用: 15年
このように、特に工場や倉庫、旅館といった用途では、木造の法定耐用年数はさらに短くなり、節税効果がより高まることがわかります。
一方で、RC造の場合を見てみると、
- 事務所用: 50年
- 店舗用: 39年
- 飲食店用: 41年(木造内装30%超の場合は34年)
- 旅館・ホテル用: 39年(木造内装30%超の場合は31年)
となり、いずれの用途でも木造に比べて非常に長い期間が設定されています 。
施主がどのような事業のために建物を必要としているのかをヒアリングし、その用途に最適な構造を税務的な観点からアドバイスできれば、単なる設計・施工パートナーに留まらない、事業成功を支援するコンサルタントとしての価値を提供することができます。
短い耐用年数がもたらす年間償却費の大きさ
法定耐用年数の違いが、年間の減価償却費にどれほどのインパクトを与えるのかを具体的に見ていきましょう。
現在、建物の減価償却は、毎年均等額を償却する「定額法」で計算されます 。
定額法の年間の減価償却費は、以下の式で算出されます。
減価償却費 = 建物取得価額 × 償却率
この「償却率」は、法定耐用年数によって決まります。
例えば、主な事務所用の償却率は以下の通りです。
- 木造(24年)の償却率: 0.042
- 重量鉄骨造(38年)の償却率: 0.027
- RC造(50年)の償却率: 0.020
仮に、どの構造でも建物価格が1億円だったとしましょう。
年間の減価償却費は以下のようになります。
- 木造: 1億円 × 0.042 = 420万円
- 重量鉄骨造: 1億円 × 0.027 = 270万円
- RC造: 1億円 × 0.020 = 200万円
ご覧の通り、木造はRC造の2倍以上、重量鉄骨造と比較しても1.5倍以上の減価償却費を毎年経費として計上できます。
これは、施主の事業の課税所得を毎年200万円以上多く圧縮できることを意味し、税率が30%であれば年間60万円以上の節税に繋がります。
この差が、事業開始後の数年間から十数年間にわたって続くのですから、キャッシュフローに与える影響は計り知れません。
施主への提案で必須!長期視点のリスクと出口戦略

木造建築の減価償却がもたらす短期的な節税メリットは絶大です。
しかし、プロフェッショナルな提案を行う上では、その裏側にある長期的なリスクについても言及し、施主が将来にわたって健全な事業運営を続けられるよう導く責任があります。
減価償却は、いわば税金の支払いを将来に「繰り延べている」側面も持ち合わせています。
償却期間が終わった後に何が起こるのか、そして建物を売却する時にどのような税金が待っているのか。
これらの「出口戦略」まで見据えたアドバイスこそが、クライアントからの揺るぎない信頼に繋がるのです。
デッドクロスの罠:償却期間終了後に訪れるキャッシュフロー悪化
減価償却による節税効果は、永遠には続きません。
法定耐用年数が終了し、減価償却費が計上できなくなった年に、事業のキャッシュフローが急激に悪化する現象、それが「デッドクロス」です 。
デッドクロスとは、「ローンの元金返済額 > 減価償却費」となる状態を指します 。
この現象を理解するには、会計上の費用と実際の現金支出のズレを思い出す必要があります。
- ローン元金返済: 現金の支出を伴うが、税務上の「経費」にはならない 。
- 減価償却費: 税務上の「経費」になるが、現金の支出は伴わない 。
減価償却期間中は、多額の減価償却費が経費として計上されるため、帳簿上の利益は圧縮され、税負担は軽くなります。
しかし、償却期間が終わると減価償却費はゼロになります。
一方で、経費にならないローン元金返済は続きます。
その結果、家賃収入などの事業収益が変わらなくても、帳簿上の利益だけが急増し、納税額が大幅に跳ね上がります。
手元の現金は増えていないのに税負担だけが重くなり、最悪の場合、帳簿上は黒字なのに現金が不足して事業が立ち行かなくなる「黒字倒産」に陥るリスクすらあるのです 。
特に「4年償却」のような超短期償却戦略をとった場合、5年目にこのデッドクロスが突如として訪れることになります。
売却時の譲渡所得税:繰り延べた税金の精算
減価償却による毎年の節税は、税金が「免除」されるわけではなく、将来への「繰り延べ」であるという側面を理解することが重要です 。
その精算が行われるのが、建物を売却するタイミングです。
物件を売却した際の利益は「譲渡所得」として課税されますが、その計算式は以下のようになっています 。
譲渡所得 = 売却価格 – (取得費 + 譲渡費用)
ここで重要なのが「取得費」です。
建物の取得費は、購入時の価格そのものではなく、そこから今までに計上した減価償却費の累計額を差し引いた金額(簿価)となります 。
つまり、これまで減価償却費を多く計上してきた物件ほど、売却時の帳簿上の価値(簿価)は低くなっています。
簿価が低いということは、売却価格から差し引ける取得費が少なくなるため、結果として譲渡所得が大きく計算され、多額の譲渡所得税が課されることになるのです。
例えば、建物価格5,000万円の物件で、4,000万円分の減価償却を行った場合、売却時の簿価は1,000万円です。
もし6,000万円で売却できれば、譲渡所得は単純計算で5,000万円(6,000万円 – 1,000万円)となり、これに税金がかかります。
毎年の節税で得たメリットは、最終的に売却時の納税という形で精算される可能性があることを、施主は理解しておく必要があります。
リスク管理と出口戦略の重要性
デッドクロスや譲渡所得税といった長期的なリスクを乗り越え、事業を成功に導くためには、建物を建てる段階から明確な「出口戦略」を描いておくことが不可欠です。
施主には、以下のような対策をセットで提案することが求められます。
1. デッドクロスへの対策
- 売却: 最も一般的な戦略です。減価償却のメリットが薄れる、またはデッドクロスに陥るタイミングで物件を売却し、新たな投資に切り替えます 。
- 繰り上げ返済: 減価償却によってキャッシュフローに余裕がある期間中に、積極的に繰り上げ返済を進め、デッドクロスの原因となる元金返済額そのものを減らしておきます。
- 新たな投資: 別の減価償却が取れる物件を追加取得し、ポートフォリオ全体で経費を創出し続けることで、デッドクロスの影響を相殺します。
2. 譲渡所得税のコントロール
- 所有期間の調整: 不動産の所有期間が5年を超えると、譲渡所得税の税率が短期譲渡(約39%)から長期譲渡(約20%)へと大幅に下がります 。このタイミングを見計らって売却するのは基本的な税務戦略です。
- 売却タイミングの計画: 本業の業績が赤字になった年度などに物件を売却すれば、売却益と事業の赤字を損益通算し、全体の税負担を抑えることも可能です。
短期的な節税効果という「アクセル」と、長期的なリスク管理という「ブレーキ」の両方を理解し、計画的に事業を運営することの重要性を伝えることが、真のパートナーとしての役割です。
まとめ

今回は、非住宅建築における木造化がもたらす「減価償却」と「節税効果」について、具体的に解説しました。
木造建築の法定耐用年数はRC造やS造に比べて短く設定されており、これが税務上、大きなメリットを生み出します。
短い期間で多くの減価償却費を計上できるため、事業の課税所得を圧縮し、手元に残るキャッシュフローを最大化する効果が期待できます。
特に、法定耐用年数を超過した中古木造物件を活用した「4年償却」は、短期的な投資回収を目指す施主にとって極めて強力な選択肢となり得ます。
しかし、これらのメリットは永続的ではありません。
減価償却期間が終了した後に訪れる「デッドクロス」によるキャッシュフローの悪化や、物件売却時に課される「譲渡所得税」といった長期的なリスクも存在します。
これらのリスクを事前に理解し、繰り上げ返済や計画的な売却といった「出口戦略」まで含めて提案することこそ、建築実務者に求められるプロフェッショナリズムです。
「モクプロ」は、建築実務者の皆様が抱える課題に寄り添い、挑戦を成功へと導くための「ナレッジ」を提供し続けます。
本記事で得た知識が、皆様の提案力を高め、クライアントである施主の事業成功に貢献するための一助となれば幸いです。
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