
非住宅木造建築の普及を目指す「モクプロ」の読者の皆様へ。
今回は、建築業界に携わるすべての方、特に発注者(施主)と向き合う設計者や工務店、建設会社の方にぜひ読んでいただきたい一冊をご紹介します。
その本とは、横松建築設計事務所代表・横松邦明氏の著書『「試せない建築」を経営資産に変える』です。
私たちは普段、当たり前のように建築の仕事をしていますが、発注者にとって建築は「人生や社運を賭けた一発勝負」でありながら、完成するまで実物を「試せない」という恐怖に近いリスクを伴うものです。
本書は、この「試せない建築」という業界最大のジレンマに対し、BIM活用や徹底した対話を通じて「後悔」をゼロにしようと挑み続ける、一人の建築家の熱い魂の記録です。
著者の横松氏は、決して最初から順風満帆なエリートではありませんでした。
業界の慣習にとらわれず、泥臭く変革を繰り返してきた「ストリートファイター」のような経歴をお持ちです。
本書には、そんな横松氏が葛藤と挑戦の末に編み出した、建築を「コスト」ではなく「経営資産」に変えるための実践的ノウハウが詰まっています。
今回は、モクプロ編集長:植村が感銘を受けたポイントを中心に、本書の魅力を紐解いていきます。

1. 「試せない」という建築業界最大のジレンマへの挑戦
建築のプロにとって、図面やパースから空間をイメージすることは日常茶飯事です。
しかし、一般の経営者や施主様にとってはどうでしょうか。
車なら試乗ができ、服なら試着ができますが、数千万円から数億円を投じる建築は、完成して鍵を開けるその瞬間まで、本当の空間を体験することができません。
この「試せない」という宿命こそが、建築における最大のリスクであり、多くの施主が抱える不安の正体です。
本書の冒頭で語られるこの問題提起は、私たちが普段忘れがちな「情報の非対称性」を鋭く突いています。
私がまず心を掴まれたのは、この構造的な問題に対する著者の強い義憤にも似た情熱でした。
完成してからでは遅い!「試着できない」リスクの本質
著者は、「建築は完成して初めて全貌が姿を現す特異な商品」であると指摘します。
図面で確認したつもりでも、実際に立つと「天井が低い」「動線が悪い」「暗い」といった問題が発覚することがあります。
しかし、一度壁を、柱を立ててしまえば、やり直しはききません。
特に事業用建築の場合、この失敗は致命的です。
使い勝手の悪さは従業員の生産性を下げ、魅力のない空間は集客を阻害します。
つまり、「試せない建築」のリスクを放置することは、そのまま経営リスクに直結するのです。
著者はこの現実を直視し、「後悔の多くは設計前に消せる」と断言します。
この力強い言葉に、プロとしての覚悟を感じずにはいられません。
エリートではない「ストリートファイター」横松氏の革命
私が本書を読んで横松氏に強いリスペクトを感じたのは、氏が決してエリート街道を歩んできたわけではないという点です。
2008年に独学でBIMを導入したという経歴からも分かる通り、氏は常に現場での課題感から出発し、必要な武器を自ら手に入れてきた「ストリートファイター」です。
氏は自らを、設計事務所業界の革命児のように振る舞うのではなく、あくまでクライアントの利益を最大化するために、業界の常識や慣習を疑い、変革を繰り返してきました。
自社ビル建設の際に「もっと長期的な視点を持つべきだった」と自らの失敗談さえも赤裸々に語る姿勢からは、虚勢のない誠実な人柄が伝わってきます。
「後悔しない建築」への執念が生んだノウハウ
本書全体を貫くのは、「すべてのクライアントに後悔のない建築を」という理念です。
これは単なるスローガンではありません。
著者は、建築設計者としての葛藤の中で、「なぜ施主は完成後に後悔するのか?」を突き詰めました。
その答えが、着工前のプロセスに全てを注ぎ込むというスタイルです。
情報の非対称性を解消するために、徹底的なヒアリングを行い、言葉にできない不安をBIMで見える化する。
これらはすべて、施主を「試せない」という恐怖から解放するための手段です。
建築を作る喜びよりも、施主の事業を成功させる責任を優先する。
そのプロフェッショナルな姿勢に、胸が熱くなりました。
2. 情報の非対称性を解消する「対話」と「BIM」の技術
では、具体的にどうやって「試せない」リスクを回避するのか。
本書の核心部分とも言えるのが、BIM(Building Information Modeling)の徹底活用と、深い対話による合意形成です。
多くの設計事務所にとってBIMは「きれいなパースを作る道具」や「図面作成の効率化ツール」かもしれません。
しかし、横松氏にとってのBIMは、プロとユーザーの間にある「情報の非対称性」を埋めるためのコミュニケーションツールです。
この捉え方の違いこそが、本書が単なる技術書ではなく、経営の書である所以です。
BIMはパースではない!「体験」による合意形成
本書で紹介されるBIM活用法は圧巻です。
単に外観を見せるのではなく、季節ごとの光の入り方、家具を置いた時の通路幅、視線の抜けなどを、ウォークスルー動画で「体験」させます。
「図面では広く見えたのに」というギャップは、2次元情報を3次元に脳内変換できない施主の責任ではありません。
それを伝えきれない設計者の責任です。
著者はBIMを使い、完成前にバーチャル空間で施主と「試着」を繰り返します。
これにより、「思っていたのと違う」という悲劇を未然に防ぐのです。
BIMを「経営判断支援ツール」と言い切る視点は、目から鱗が落ちる思いでした。
経営ビジョンを翻訳する「戦略的ヒアリング」
BIMという武器があっても、何を表現すべきかがズレていれば意味がありません。
そこで重要になるのが「戦略的ヒアリング」です。
著者は、単に「部屋の数は?」「好きな色は?」といった表面的な要望を聞きません。
「将来の事業計画は?」「どんな人材を採用したいか?」「スタッフの動線上の悩みは?」といった、経営の本質に迫る問いを投げかけます。
経営者の頭の中にあるビジョンや、現場スタッフの言葉にならない不満を引き出し、それを建築という形に「翻訳」する。
このプロセスこそが、設計者の最大の付加価値だと感じました。
コスト・スケジュール・品質の「三位一体管理」
「良いものを作りたい」という思いは大切ですが、予算と納期を無視することはできません。
著者が提唱する「三位一体管理」は、コスト・スケジュール・品質を切り離さず、同時に最適化する手法です。
特に印象的なのは、コストダウンを単なる「安物買い」にさせないVE(バリューエンジニアリング)の考え方です。
優先順位を整理し、かけるべきところには投資し、抑えるところは抑える。
このメリハリを、施主と同じ目線に立って判断する姿勢は、まさに経営のパートナーです。
BIMによる事前の干渉チェックも、手戻り工事によるコスト増を防ぐための重要な「経営防衛策」なのです。
3. 建築家は発注者の「伴走者」であれ
本書を読み進めるうちに、建築設計者という職業の定義が変わっていく感覚を覚えました。
著者は設計者を「図面を描く人」ではなく、発注者(施主)の事業成功に責任を持つ「伴走者」として定義しています。
建築は、建てて終わりではありません。
そこから何十年と続く事業の舞台になります。
だからこそ、設計者は技術力以上に「施主の良き理解者」でなければならない。
本書の後半では、建築がもたらす経営効果と、それを実現するための設計者のあり方について、熱のこもったメッセージが綴られています。
採用・ブランディング・集客を変える「経営資産」
タイトルにもある通り、建築はコストではなく「投資」であり「経営資産」です。
魅力的なオフィスは優秀な人材を引き寄せ(採用力)、洗練された店舗デザインは企業の信頼を高め(ブランド力)、快適な空間は顧客のリピートを生みます(集客力)。
著者は、建築をこれらの経営課題を解決する「武器」に変えるべきだと説きます。
例えば、企業理念をデザインに落とし込むことで、空間そのものが「無言の営業マン」になるという視点。
これは、非住宅木造を提案する私たちにとって、非常に重要なセールスポイントになります。
誠意と人柄が技術を超えるとき
本書の端々から感じるのは、横松氏の圧倒的な「誠意」です。
BIMもヒアリングも、すべては「施主を後悔させたくない」という一心から生まれています。
設計事務所選びの基準として、氏は「質問の深さ」や「伴走する意欲」を挙げています。
どれだけ立派な実績があっても、施主の不安に寄り添えない設計者はパートナーになり得ません。
技術や経験はもちろん重要ですが、最終的にプロジェクトを成功に導くのは、設計者の「人柄」や「熱意」であると、本書は教えてくれます。
設計者が学ぶべき「顧客視点」の真髄
「試せない建築」に猛烈なジレンマを感じ、それを解決しようともがき続けた著者の姿勢は、すべてのビジネスパーソンに通じる「顧客視点」の真髄です。
自分たちが作りたい作品を作るのではなく、施主のビジネスを成功させるために全力を尽くす。
情報の非対称性を利用するのではなく、透明化して信頼を勝ち取る。
この姿勢こそが、これからの建設業界に求められるスタンダードではないでしょうか。
本書は、設計ノウハウ書であると同時に、サービス業としての建築のあり方を問う哲学書でもあります。
まとめ
今回は、横松邦明氏の著書『「試せない建築」を経営資産に変える』をご紹介しました。
本書は、建築を発注する経営者にとってのバイブルであると同時に、建材メーカーや工務店、設計事務所など、供給側にいる私たちにとっても、多くの気付きを与えてくれる良書です。
特に、「建築は試せない」という施主の根源的な不安を理解し、それをBIMや対話という手段で解消していくプロセスは、非住宅木造という新しい分野を提案していく「モクプロ」読者の皆様にとって、強力な武器になるはずです。
私がこの本から最も強く感じたのは、横松氏の「発注者の建設事業を成功に導きたい」という強い思いと、そのために手間を惜しまない誠実さです。
技術はコピーできても、この精神は簡単には真似できません。
しかし、私たちも「情報の非対称性をなくす」「施主の伴走者になる」という意識を持つことは今日からでもできます。
建築を単なる「箱」から「経営資産」へ。
その変革の担い手として、ぜひ本書を手に取り、日々の業務に活かしてみてください。

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